人生100年時代といわれる現代、60歳や65歳で定年退職を迎えた後も、健康で意欲のある限り働き続けたいと考える方が増えています。長年培ってきた経験やスキルを活かして社会に貢献し、同時に収入を得ることは、生活に張りをもたらし、ゆとりある老後資金の形成にも繋がります。しかし、その一方で多くの方が抱くのが、「働きながら年金をもらうことはできるのだろうか」「給与をもらうと、せっかくの年金が減らされてしまうのではないか」という疑問ではないでしょうか。実は、働きながら年金を受け取るための「在職老齢年金」という制度があります。この制度を正しく理解することが、賢いセカンドライフプランを立てるための第一歩です。この記事では、複雑に思われがちな在職老齢年金の仕組みから、税金や社会保険との関わり、そして注意点まで、分かりやすい言葉で丁寧に解説していきます。
在職老齢年金とは?働きながら年金をもらう基本の仕組み
元気なうちは働き続けたい、そう考えたときに必ず知っておきたいのが在職老齢年金の制度です。これは、60歳以降に会社などで働き、厚生年金保険に加入しながら受け取る老齢厚生年金を指します。一定以上の収入があると年金額が調整される可能性があるため、その仕組みを基本的な部分からしっかりと押さえておくことが大切です。ここでは、どのような人がこの制度の対象となり、年金のどの部分が調整されるのかという、最も根幹となる部分を解き明かしていきます。
在職老齢年金の対象となる人
在職老齢年金の制度が適用されるのは、60歳以上で老齢厚生年金の受給資格がある方が、会社や団体に勤務し、社会保険の一つである厚生年金保険に加入している場合です。つまり、パートやアルバイトといった雇用形態であっても、勤務時間や日数などの条件を満たして厚生年金に加入していれば対象となります。一方で、自営業やフリーランスとして働き、国民年金のみに加入している場合は、この在職老齢年金の仕組みは適用されません。あくまで、給与収入を得て厚生年金保険料を納めている方が、老齢厚生年金を受け取る際の調整ルールであると理解しておくと良いでしょう。
老齢厚生年金と在職老齢年金の関係
多くの方が誤解しやすい点ですが、在職老齢年金によって調整、つまり支給が停止される可能性があるのは「老齢厚生年金」の部分だけです。日本の公的年金制度は、20歳から60歳までの全ての人が加入する「国民年金(老齢基礎年金)」と、会社員や公務員が加入する「厚生年金(老齢厚生年金)」の二階建て構造になっています。在職老齢年金の調整対象は、この二階部分にあたる老齢厚生年金のみであり、一階部分の老齢基礎年金は、いくら給与収入があっても減額されることなく、満額を受け取ることができます。したがって、働き続けることで年金のすべてがもらえなくなるわけではない、ということをまず念頭に置いておくことが重要です。
年金が調整される仕組みを理解しよう
働きながら年金を受け取る上で最も気になるのが、どのくらいの収入があると、年金がどれくらい調整されるのか、という具体的な計算方法でしょう。この仕組みは、「基本月額」と「総報酬月額相当額」という二つのキーワードを理解することが鍵となります。これらの合計額が、国が定める基準額を超えるかどうかで、支給停止の有無やその金額が決まります。一見すると難しそうな言葉が並びますが、一つひとつの意味を紐解いていけば、決して複雑なものではありません。ここでは、あなたの年金がどのように調整されるのか、その具体的な仕組みについて詳しく見ていきましょう。
「基本月額」と「総報酬月額相当額」が鍵
まず、年金側の金額である「基本月額」についてです。これは、あなたの受け取る老齢厚生年金(加給年金額などを除く)の年額を12で割った、一月あたりの金額を指します。次に、給与側の金額である「総報酬月額相当額」です。これは、毎月の給与(標準報酬月額)に、直近一年間に支払われた賞与(標準賞与額)の合計を12で割った額を足したものです。簡単に言えば、税金などが引かれる前の給与と賞与を月々にならした金額とイメージしてください。在職老齢年金の計算では、この「基本月額」と「総報酬月額相当額」の二つを合計した金額が、支給調整の判断基準となります。
支給停止額の具体的な計算方法
年金の支給が調整されるかどうかの分かれ目となる基準額は、現在50万円に設定されています。前述の「基本月額」と「総報酬月額相当額」の合計額が50万円以下であれば、老齢厚生年金は全額支給され、一切調整は行われません。しかし、合計額が50万円を超えた場合には、その超えた金額の半分が、その月の老齢厚生年金から支給停止となります。
年金受給開始時期の選択と在職老齢年金
公的年金は、原則として65歳から受け取りが始まりますが、本人の希望によって受給開始時期を早めたり、遅らせたりすることができます。60歳から64歳の間に受け取り始めることを「繰り上げ受給」、66歳から75歳までの間に受け取り始めることを「繰り下げ受給」と呼びます。この受給開始時期の選択は、生涯にわたって受け取る年金額に大きく影響を与える重要な決断ですが、働きながら年金をもらうことを考えている場合は、在職老齢年金の制度との関係性も考慮に入れる必要があります。選択によっては、思わぬ不利益が生じる可能性もあるため、それぞれのメリットとデメリットを慎重に検討することが求められます。
繰り上げ受給を選択した場合の注意点
少しでも早く年金を受け取りたいと考え、繰り上げ受給を選択する方もいらっしゃるでしょう。しかし、働きながら年金をもらう場合には注意が必要です。繰り上げ受給をすると、請求した時点に応じて年金額が減額されますが、その減額された年金に対して在職老齢年金の仕組みが適用されます。つまり、給与と年金の合計額が50万円を超えた場合、ただでさえ減額されている年金がさらに支給停止となる可能性があるのです。早くからもらえるというメリットの裏側で、減額率が生涯続くこと、そして在職老齢年金による調整も受けることを十分に理解した上で、慎重に判断する必要があります。
繰り下げ受給で将来の年金額を増やす
一方、繰り下げ受給は、在職老齢年金の仕組みを考慮する上で非常に有効な選択肢となり得ます。例えば、65歳以降も高い収入を得て働く見込みがあり、在職老齢年金の制度によって年金の大部分が支給停止になってしまうような場合です。このようなケースでは、あえて年金を受け取らずに繰り下げを選択することで、働いている間の支給停止を回避することができます。そして、仕事を辞めた後など、本格的に年金生活に入った時点から、繰り下げた期間に応じて増額された年金を生涯にわたって受け取ることができるのです。1ヶ月繰り下げるごとに年金額は0.7%ずつ増額され、75歳まで繰り下げれば最大で84%も増えた年金を受け取ることが可能になります。ご自身の就労計画と老後資金のバランスを考えながら、戦略的に活用したい制度です。
働きながら年金をもらう際の税金と社会保険
働きながら年金を受け取る場合、収入の種類が増えることになるため、税金や社会保険の取り扱いについても正しく理解しておく必要があります。会社からの給与だけでなく、受け取る年金も所得税や住民税の課税対象となります。また、働き方によっては引き続き社会保険への加入が必要になったり、雇用保険の失業給付との調整が行われたりすることもあります。これらの知識が不足していると、後から予期せぬ税金の請求がきたり、もらえるはずの手当がもらえなくなったりする可能性も考えられます。ここでは、お金にまつわる重要な制度との関わりについて、一つずつ確認していきましょう。
年金収入にかかる所得税・住民税
公的年金は、所得税法上「雑所得」として扱われ、課税の対象となります。年金が支払われる際には、あらかじめ所得税が源泉徴収される場合がありますが、給与収入もある場合は注意が必要です。給与は「給与所得」として扱われるため、年間の所得は給与所得と雑所得(年金所得)を合算して計算することになります。多くの場合、年末調整だけでは処理が完結せず、ご自身で確定申告を行い、最終的な税額を計算して納付または還付を受ける必要があります。年金と給与、二つの収入があるということを念頭に置き、確定申告の準備を進めることが大切です。
社会保険への加入義務
65歳を過ぎて働き続ける場合でも、一定の労働条件(週の所定労働時間および月の所定労働日数が正社員の4分の3以上など)を満たすと、引き続き健康保険や厚生年金保険といった社会保険に加入する義務があります。厚生年金保険に加入し続けるということは、保険料を納める一方で、その期間が将来の年金額に反映されるというメリットもあります。ただし、70歳になると厚生年金保険の被保険者資格は失いますが、70歳以降も同じ会社で働き続ける場合は「高齢任意加入被保険者」として加入を継続することも可能です。ご自身の働き方に合わせて、社会保険の加入条件を確認しておくことが重要です。
雇用保険と失業給付との関連性
もう一つ注意したいのが、雇用保険の失業給付(一般的に失業手当や基本手当と呼ばれるもの)との関係です。65歳になる前に会社を退職し、ハローワークで求職の申し込みをして失業給付を受け取る期間中は、老齢厚生年金が全額支給停止となります。これは、失業給付が次の仕事を見つけるまでの生活を支えることを目的としているため、年金との同時受給はできないという考え方に基づいています。どちらか有利な方を選択することになりますが、一般的には失業給付の方が高額になるケースが多いため、多くの方が年金の支給を停止して失業給付を受け取ります。このような調整があることも、退職後のプランを立てる上で知っておくべき重要なポイントです。
賢く働きながら老後資金を準備するために
ここまで在職老齢年金の仕組みや関連する制度について解説してきましたが、これらの知識を活かして、どのように自身の働き方やライフプランに結びつけていくかが最も重要です。制度を正しく理解することで、ただ漠然と働くのではなく、「年金の支給停止を避けるために収入を調整する」「将来のためにあえて繰り下げ受給を選択する」といった戦略的な選択が可能になります。豊かなセカンドキャリアを実現するためには、ご自身の価値観や体力、そして必要となる老後資金を総合的に見据え、計画を立てていく視点が不可欠です。
在職老齢年金を考慮した働き方の工夫
在職老齢年金の支給停止基準額である50万円を意識して、働き方を調整するというのも一つの賢い選択です。例えば、勤務時間や日数を調整して、給与と年金の合計が基準額を超えないようにコントロールする方法が考えられます。フルタイム勤務にこだわらず、短時間勤務や業務委託といった多様な働き方を選ぶことで、年金を満額受け取りながら、社会との繋がりや生きがいを維持することも可能です。ご自身の希望する生活スタイルと、年金を含めた収入のバランスをシミュレーションし、最適な働き方を見つけていくことが、満足度の高いセカンドライフに繋がります。
老後資金計画の重要性
最終的には、在職老齢年金の制度も、ゆとりある老後を送るための資金計画の一部として捉えることが大切です。いつまで、どのくらいの収入で働くのか、年金はいつから受け取り始めるのか、そして公的年金だけでは不足する分をどのように補っていくのか。これらを総合的に考えることが老後資金計画です。働きながら得る給与、在職老齢年金、そして必要であれば私的年金や貯蓄などを組み合わせ、ご自身が理想とする生活を実現するための道筋を描いてみましょう。専門家であるファイナンシャルプランナーや社会保険労務士、あるいは年金事務所の窓口で相談してみるのも、客観的な視点を得るために非常に有効な手段です。
まとめ
働きながら年金をもらうための制度である「在職老齢年金」は、元気で意欲のあるシニア世代が活躍し続ける社会において、非常に重要な役割を担っています。しかし、その一方で、お給料と年金の合計額が一定の基準を超えると、老齢厚生年金の一部または全部が支給停止になるという側面も持ち合わせています。この調整の仕組みを正しく理解し、ご自身の収入や働き方を計画的に考えることが、手取り収入を最大化し、豊かな老後生活を送るための鍵となります。年金の受給開始時期を繰り下げる選択や、税金、社会保険との関連性も踏まえ、総合的な視点でご自身のライフプラン、そして老後資金計画を立てていくことが何よりも大切です。少し複雑に感じるかもしれませんが、この記事で得た知識をきっかけに、ご自身の状況に合わせた最適な選択肢を検討し、充実したセカンドライフを実現してください。
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